朝、3Fの部屋に5分ほど寄って用事を済ませてから係の部屋に戻ると、なぜか皆が明らかに動揺しており、ただならぬ空気を感じた.
「え、なに?なんかあった?」
「キャンディさん、大変なんです!」
「さっき私がそっち行ったら中から怒号が聞こえてきて、覗いてみたら山口さんと神田さんが喧嘩してたんです。」
「怒鳴り合いです!」
「うそでしょ?なんであの2人?」
山口さんと神田さんは先輩だが、2人とも気が強くて下の者から恐れられている存在だ。
でも2人は仲が良い。コロナ前なんかは割と2人で飲みに行ったりカラオケに行ったりもしていた。
「まだ言い合ってるかな!?」
私は野次馬根性でコソコソと2人のいる隣の部屋を覗いてみた。もう言い争いは終わっていたが、磁石の同じ極のように反発し向かい合うことができなくなってしまった2人の間を、後輩のせなちゃんが伝書鳩のように往復して業務を仲介していた。
あの2人が喧嘩…?にわかに信じられない。今朝私が通りかかった時は普通に喋ってたし。
私が5分間3階に行ってる間に、山口さんと神田さんが不仲な世界にリープした?パラレルワールドとして地味すぎるけど。
昼休み休憩室に行く途中、もう一度部屋を覗いてみると、数時間経ったのにまだ伝書鳩として動いてるせなちゃんが見えて笑ってしまった。
とりあえず、ご飯を食べていた本間さんたちに
「山口さんと神田さんの喧嘩の原因て何ですか?」
と聞いてみた。
2人の喧嘩の理由は、とある物品をどこに収納するかという話から火がついてしまったものらしい。些細すぎるきっかけだ。
最初は 仲良し2人がなぜ喧嘩を?と思っていたけど、普通に考えれば 2人ともこだわりと気が強いのだから、主張が対立した時は2人して同じくらい折れず、強いもの同士で大喧嘩に発展しやすいのは当然の性質である。逆に今までずっと喧嘩せずにいられたことの方が不思議に思えてくる。
本間「もうねー、あんなに大きい声出す山口さん初めて見たよ。」
キャ「えー、ちょっと見たかったなぁ〜。」
土井「山口さんていつも静かにキレてるから、あんな感情的になるのレアだよね」
キャ「気になるよ…!」
宮内「顔がすごい真っ赤でね!」
本間「部長まで来てタジタジしてね」
キャ「え〜私以外みんな一部始終を目撃してるんですか!」
野次馬根性を持つ私は、今回の事件に立ち合えなかったことをとても悔しく思った。
すると、本日の主役ともいうべき山口さんが昼休憩に入ってきた。主役のくせに絵に描いたような無表情だ。
宮内さんが
「山口さーん、お疲れ様!ちょっとちょっと!朝は大変だったねぇ!」
と労いの言葉をかけると
山口「ほんと嫌なんですよ。ほっといて欲しいんですよ。向こうが100%間違ってるんだから!こっちは正そうとして動いてるのになんかいろいろコソコソ悪いように言われて!嫌なんですよ!」
静まり返る休憩室。
みんなの予想に反して、「も〜、聞いてくださいよホントに〜」という展開にはならなかった。
宮内「ごめんごめん!いやいや、誰も山口さんが悪いなんて思ってないよぉ?」
山口「野次馬みたいに面白がって今朝の話をされるのも気分悪いんですよ」
宮内「面白がってなんかないよ!」
大嘘だ。
山口さんの体から溢れ出る、触れたら最期みたいな怒りの10万ボルトを感じ取った我々は、もう声を出すのをやめた。
そしてちょっと遅れて昼休みに入った、午後も、多分これから先も伝書鳩として働くであろうせなちゃんに労いの言葉をかけ、午後の仕事に戻った。