今日は、数年前に辞めた望月さんが職場に来た。
望月さんは、現在私の所属する係にいた人だ。でも私がこの係に異動してから割とすぐに退職してしまったので、一緒に仕事をしたのは1年弱くらい。
しばらくうちの部屋で近況を話して、それから他の係の方々にも挨拶して帰りますね、と部屋を後にしていった。
そして午後、私がロッカーに行くと、田中と山口さんと丸橋さんが何やらゴソゴソやっていた。
覗き込むと、3人の前には10個くらいのジャムが転がっていた。
今日来た望月さんは、お菓子作りが大好き。
働いていた頃は、クッキーとかシフォンケーキとか、いろいろなお菓子を作っては休憩室に並べてくれた。手作りジャムとクラッカーが並ぶ日もあった。
ここにあるジャムは望月さんが置いていったんだな、今日の休憩でクラッカーと共に並ぶんだな、と察した私は、
「それ、望月さんのですかっ?望月さんのジャム美味しいですよね〜、休憩楽しみ!」
と声をかけた。
しかし何故か誰も返事をしてくれない。
そんなにジャムの仕分けに集中してるのだろうか?
すると、田中が気まずそうに静寂を破った。
「あ…今日は皆さんのは…無いみたい」
えっ
「私と山口さんと、丸橋さんと、本間さんと、、、なんかその辺りの人だけに作ってきてくれたみたい。ごめんね?」
私が貰えもしないジャムにリアクションしてしまったため、ロッカーの空気が一気に気まずくなってしまった。
あっ、全然全然〜〜と言いながらも、少し気になることがあった。さっき田中が名前を挙げた ジャムを貰える側の人たちの共通点がよくわからない。年代もバラバラだし、係もバラバラだし。
一体何のくくりなのか、小声で田中に聞いてみた。すると、
「多分…望月さんが個人的に気に入ってる人?に、あげてるんだと思う…」
「あー、そうなんだぁ」
田中の言葉を受け、へっちゃらな感じで返答したが、私は軽くショックを受けた。
なぜなら私は、望月さんと1年同じ係で仕事をしたのに加え、仕事以外でもお洒落なワインバーやフレンチに何度もご一緒させてもらっていた過去があるのだ。普通に自分は望月さんに可愛がられているとさえ思っていた。
もしや私だけ忘れられてる?
絶対田中なんかより私の方が濃い思い出築いてるし!と悔しがりながらも、このショックは笑いに変えようと、係の部屋に戻って ジャムの件をあくまで笑い話として宮内さんに聞いてもらった。すると、私の考えていたのと逆方向に雲行きが動いてしまった。
「ちょっとー、それってどうなの!?」
宮内さんはプチお怒りモードになってしまった。
「あの人が突然辞めた後に引き継いで穴埋めしてんのは誰だと思ってるわけ!?私たちじゃないの?そうゆう差し入れ品って、まずはこの部屋の人間によこしなさいよって思うよね!思わない!?」
これは…今日ジャムを貰った人を宮内さんに近づけるべきではないぞ と思ったが、幸い我々の係で貰える側に選ばれた人間は1人もいなかった。
でも宮内さんが言うように、仮にもし私が数量限定のものをこの職場に差し入れするとしたら、まずは係の人間を選ぶだろう。仲良い人だけにあげようとはならない。線引きが難しいからだ。学校みたいに仲良しグループがあるわけでもないし。
よく喋るのは優子、麻衣子、田中あたりだけど、岡島先輩も歳が近くて係も一緒だし、秋山さんも宮内さんもよく話してくれるし、仕事で一番頼ってるのは倉田さんだし、仁美ちゃんやせなちゃんやももちゃんも比較的話す後輩だし、他にも仲良い人はいる。とても選べない。
そんな時、最初から「係」という見えない線でくくられているものに限定しておけば、外野も文句言わないし、実際仕事でも一番関わる集団であるので不義理になることもない。
まあでも結局なんだかんだ言って一番平和なのは、全員にあげるか、誰にもあげないか。どっちかにしておくのが1番波を起こさない選択だと思う。